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2009年9月10日 (木)

直接話法は“――”라고なのか?하고なのか?(1)

 発端は作文でした。通常直接話法はほとんど使わないんですけど、エッセイだったので、直接話法の方が雰囲気が出ると思った部分に入れてみました。そのとき、私が書いた「“――”하고 나는 말했다」というような文章にウリ先生(韓国語教室の先生)のチェックが入りました。ここは「하고」じゃなくて、「라고」でしょう?…と。

 今、「カフカ」を読んでる皆さんはお気づきでしょうが、「カフカ」にはこの「“――”하고 나는 말한다」がたっくさん出てきます。私が今読んでるところにも、1ページに何度も出てくることもあります。

 あんまり直接話法を使うことがないせいか、気にしてなかったのですが、「라고」と「하고」ってどう使い分けるのかな~?と思って調べてみました。でもあんまりはっきり書いているものが手元になかったんですよね。ウリ先生がおっしゃるには、「“――”하고」と言う時の「하다」には「말하다」の意味(“――”と言って~)が含まれているから、“――”하고 나는 말한다だと違和感があるということでした。

 だから、後ろに「하다」「말하다」か来るときには「“――”라고 했다 /말했다」となり、「~と笑った(“――”하고 웃었다)」とか「~と叫んだ(“――”하고 소리쳤다)」というときは「하고」を使うというのです。

 先生の説明に納得した私。でも、じゃあ一体、この「カフカ」にものすごい数出現する「“――”하고 나는 말한다」はどうなるの?? 先生曰く「まあそういうふうに言う人もいるんですよ。でも文法的に正しいかどうかと突き詰めると、間違ってますよね」だと …そんなんでいいんでしょうか?? 韓国の言語学系の先生方! でも、実際、翻訳本に関しては当たりはずれ(>という言い方はよくないけど)なんかもあるし。しょうがないのかな? でも、数箇所だったら目もつぶるけど、これだけ出てくると、それがすべておかしいとすると…ねえ?

この話題、まだ続きます…。

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